[日常の中のワールドワーク]<「片耳が聞こえない」人たちの多様性と、当事者ではない当事者ができること>

この記事はその場にいて「日常の中のワールドワーク」を経験した人々の了承のものと、一つの貴重な体験の記録としてまとめる。私たちは関わっていくこと、声をだしていくこと、行動に移すことで現状を変えていくことができる。一人一人がもつインパクト、影響力をもっと自覚していくことを思い出して欲しい。

この記録が、読んだ人たちにとってなにかしらのヒントやエンパワーメント、ほっとする瞬間とつながればという願いを込めて…

<シグナルを通してその場に起きていることを理解する>
偶然、「右耳が聞こえない」という人が3人

ある地域の講座でファシリテーションを教える機会があった。今回のサブテーマは「ファシリテーターの恐れ」について。講座は濃厚で、現実的な悩みやケースが語られ、あっという間に終了時間がきてしまった。やりのこしたケースの一部は懇親会で話をしようとなり会場から近くのレストランに移動した。

私の講座では様々な多様性を大切にしている。なるべくスペシャルニーズがある人は言いやすいように心がけている。今回も色々な感覚の違う人たちがいた。私たちは多様で、人はそれぞれに色々な経験をしている。それは目に見えないものもある。シェアしやすい状況、どんな人たちもウェルカムしていく場を作っていくことは、ファシリテーターの大切な役割だ。何事も必要なことが起きるし、偶然ではない。

今回興味深かったのはこの講座には3人、片方の耳が聞こえない人たちが参加していたことだった。その3人は懇親会にも参加した。

さて、店に到着し、座る席を決める時点で「ちょっとした」戸惑いの瞬間があった。右耳が聞こえない3人がどこの席に座るのが一番話が聞きやすいかというものだった。右耳が聞こえないということは、みんなの右側に座る必要があった。でないと左耳で聞くために体を捻ったり、聞こえないかもしれない、聴き逃すかもしれないという可能性があるからだ。

みんなとても熱心に学んでいる人たちばかりだ。その場で起きていることや講師の私の言葉を聞き逃さないようにしようとする必死さがその人たちの雰囲気からも伝わってきた。

でも想像してみてもらいたい。四角いテーブルが二つ並んだその席に、右耳が聞こえない人たちが安心して座れる右角の席は二つしかない。でも右耳が聞こえない人は3人。何らかしらの譲り合いと工夫が必要だった。

そして両耳が聴こえるメンバーは私を含めて3人だった。この6人がどういう席順で座るのがいいのか。みんなが気を使ったり、でも聴ける席を希望したり、相談したりという形で場がもたついた。

<ロールとランクへの自覚>
マイノリティに背負わせない。みんなが当事者なのだから。

耳が聴こえる2人はどうしたらいいのかわからない感じでその場に立って3人のやりとりを聞きながら待っている様子だった。自分はどこでも大丈夫だし、どこに座ったらいいのかわかっている当事者に合わせられるから…そんな雰囲気だった。ここで「聞こえない人」と「聞こえる人」のロールが立ち現れてくる。それぞれのリアリティは多分大きく異なる。そこには通訳が必要性を感じた。リアリティのギャップを通訳が。

私が聴こえる1人の人に「◯◯くんは両耳聞こえるから、こっちの端っこでも大丈夫だよね?」と声をかけて左耳が壁にくる角の席に座ってもらえるように声をかけた。

すると、私の隣にいた右耳が聞こえない1人のYちゃんはそれを聴いて目を大きく開いてびっくりしていた。聞こえている人が、聞こえてる人に聞こえている特権をフレーミングして介入したことに。

私たちはマイノリティの問題を、マイノリティに背負わせすぎてしまっている。「わからない」という理由でまかせすぎている。でもそれは果たしてマイノリティの問題なんだろうか。そうではない。聴こえることが前提に作られているこの社会の偏りを彼らに背負わせてしまっているだけで、これはこの賑やかで聴こえる前提の世界に生きる私たち全員の問題だ。この状況を自分たちの特権を活かしてなんとかしなくてはいけないのは、マジョリティの方なのだ。

その場の文脈的、社会的ランクが低い人が、高い人に対して何かをいうこと、求めることはとても心理的なハードルが高い。場合によっては、社会的な生活のリスクや関係性のリスクも伴ったりする。マジョリティー同士、ランクが高いものが同じ高いものに対して伝えることのほうがやりやすい場合がある。しかし、マジョリティの立場にいる人も、自分の中の「わからなさ」やその他の低いランクのロールにリアリティを感じているので、なかなか自分が持っている特権のパワーやできること、可能性に気づいていない。

・補足:ランク概念についてはこちらの動画を参照してください

 

<スピークアウト>
あなたの一言が相手を勇気づけ、プロセスを促進する。

話を続けよう。座る席が決まり、講座で話せなかったYさんの「片耳が聞こえないがゆえにファシリテーターとして抱えている恐れ」についての個人的なシェアがあった。他の片耳が聞こえない2人は身を前に乗り出して聞き逃さないようにしている。

Yさんは小さい頃に発熱を通して耳が聞こえなくなった人だった。ファシリテーターなのに聞こえない場合がある。聞こえないために場で聞き返さないといけないがせっかく話をしてくれているのに聞こえないとは言いにくい。

「聞こえない自分が申し訳ない。大切な話を聞き逃したらどうしよう。」

そんな葛藤を抱えていた。一通り話が終わり、他の片耳が聞こえない2人はどういう経験をしているのか聞いてみたい、とYさんがいった。でもその前に2人目の聞こえないMさんは「その前に店の音楽の音量が大きすぎて聞いているのがしんどい。あまりよく聞こえない。」ということだった。

「だったらお店に音楽のボリュームを下げてもらったらいいんじゃない?片耳が聞こえない人たちが3人いるからって説明して。」と私が提案するとMさんは「そうか!」という感じですぐに交渉に立ち上がった。(Mさんはずっと私の元でファシリテーションを学んでいるのでエンカレッジさえすれば動ける。そういう人がいない場合は私は自分でその交渉をする。)

Yさんはまた驚いた表情で目を大きく見開いていた。「そんなことができるんだ…」と感動しながら私の隣でつぶやいていた。しばらくすると店内のBGMが静かになり、3人の顔がホッとしている様子だった。

Mさんが聞こえないという声をあげることはパワーだ。気づかれていないけど確実にそこに「ある」経験。でも見えないので「ないこと」にされてしまう経験は声をあげることで「あること」に変えていける。多くの人は遠慮してしまったり、言っても仕方がないと思ってしまったりして飲み込んでしまうのではないだろうか。声を上げることは勇気が必要だけど、それが自分のためでもあり、他の人にとっても助けになるかもしれない。「声をあげていいんだ」というロールモデルになるのだ。勇気がもらえるのだ。

そしてアクションを起こしていく。交渉をする、聞いてみる、お願いしてみる、呼びかける、誘う、などなど。これもまたパワーだ。パワーがないのではなくて、勇気がないだけなんだな、と思う。そしてそういう経験がないから思いつかない。ロールモデルが少ないから発想がない。でも一度やり出すといろんなことができるようになっていく。

日本社会、日本文化では残念ながら声を上げることはサポートされていない。それよりも、その場の雰囲気を壊してはだめだ、人の邪魔になってはだめだ、迷惑をかけてはだめだ、などということがサポートされている。それは協調性やチームワーク、個人の忍耐などの力になっていく反面、同調圧力、個人の抑圧、内的抑圧という経験にもなる。個人のパワーと可能性を活かすことを許さない。その人がその人らしくいることを許さないという残念な側面ももつ。

でも同時に、日本はゲルマン文化のようなルールに対するしがらみが異なる。ゲルマン系のルールはルールに縛られる。日本はルールではなく、その場の雰囲気や関係性に縛られている印象を持つ。つまり、特権のある人、立場が高い人がそのルールを壊せば、従わなければみんなそれに便乗するし、数が多くなれば縛っているものも緩んでいく。その特徴を理解しておくと、日本では色々な変化の可能性はあると感じている。

<フィッシュボール(金魚鉢)の瞬間>
マイノリティの多様性と共通点を知る瞬間

Mさんが自分の経験を話し、彼女は大人になってから病で聞こえなくなったから「申し訳なさ」は感じないという。もう1人のKさんも、今は補聴器をつけていて聞きにくいけれど、同じく「申し訳なさ」はあまりないという。それぞれの不便さ、それぞれの気遣い、生きづらさなどが語られた。おなじ「右耳が聞こえない」という当事者同士でもストーリーが異なり、体験しているやりづらさのリアリティも異なる部分があった。同時に、聞こえることが前提となっている社会の状況に対しての生きづらさは共通するものがあった。

この対話の様子を私や他の聞こえる2人は黙って聞いて、証人としてその話を聞いていた。

ワールドワークの場では社会的になかなか声が聴かれない、ないことにされている問題の当事者だけが場の真ん中で話をしたりワークをしたりする方法がある。「フィッシュボール(金魚鉢)」と呼ばれている方法だ。そのテーマに関連する、自分にそれが当てはまるという人たち、当事者同士が語ることは、その経験がな人たちに「逐一説明しないで済む」つまり、余計なエネルギーを使わずにその人が普段なかなか話せないことを当事者同士で話ができる。そこでは共通の体験が分かち合えたり、同じ問題の当事者であったとしても、それぞれが異なるリアリティがあり、多様性が見えてくる。そこにはその問題の中に交わる他の問題、インターセクショナリティ(交差性)なども明確になったりする。
普段あまり耳を傾けられない、マイノリティ当事者は、聞いてくれる人たちを必要とする。そのためにマジョリティ、その問題の影響を受けていない人たちは耳を傾け、場をホールドし、「証人」となっていくという形で大切な役割を果たす。そしてそれを「マイノリティ当事者ではない」というマジョリティ当事者が耳を傾け、受け止め、自分たちの普段は気づかないことを学び、自分と異なる体験を聞くことで自分自身が普段当たり前にようにあると思っていたことがそうではないということに気づくチャンスをもらう。

今回は「右耳が聞こえない」というマイノリティの人たちの声を聞くフィッシュボール的な瞬間が起きたと言える。

 

ワールドワーク合宿にて。過去のフィッシュボールのワンシーン

<ファシリテーターの影響力>
葛藤が起きるところにはファシリテーターが不在である

今回の出来事は一見、セミナーの懇親会でのやりとりだ。時間もほんの1時間半くらいの出来事だった。だけど今回はファシリテーターが自覚的に関わることでプロセスを促進し、可能性を広げるという体験をしてもらうことができた。癒しと学びの場にかえてその場にいた人たちがそれぞれに勇気や希望をもらえる時間にもなった。詳細は最後に紹介する当事者のシェアを参考にしてもらったらいいと思う。

一つ一つの瞬間にプロセスが立ち現れていく。そこに自覚的になり、自分のパワーを忘れずに介入していく、関わっていく(声かけをしたり、フィードバックをしたり、アクションを起こしたり)ことでみんなの気持ちが癒されたり、勇気づけられる、状況がみんなにとって心地がいい方に変えていけることも私は経験してきた。それは私の紆余曲折あった人生のプロセスの中で培われてきたものだし、沢山の先駆者たちから知恵を受け取ってきた。これはある種の豊かな特権(ランク)だ。

だから今度は私がそのギフトをシェアをする。

ロールモデルしていくことで今度は周りの人たちがその知恵を受け取り、次にその人たちが自分の日常や現場の中でロールモデルになっていく。

でも1人では大変だ。
なんせこの世界はこういうことにまだ慣れていないし、沢山の恐れが気持ちを刺激し、心を折るし、過去の辛い経験やトラウマが足を引っ張るからだ。だからこそ私たちはコミュニティや仲間が必要なのだ。お互いがエンカレッジ(勇気づけ)をし、サポートしてけるつながりがあるだけで、普段は1人でも思い出せば気持ちが変わる。ここでも関係性が力を持つ。

<自分の中のファシリテーターを育てる>
「ファシリテーター」とは誰のことなのか

「ファシリテーター」「ファシリテーション」日本ではこの名称は職業のように使われているが、「ファシリテーション」とは「促進すること」を意味する。私たちは誰もが物事がうまくいくように、人間関係がスムーズにいくように、望んでいるし努力をしている。

仕事としてのファシリテーターという大切な役割もあるが、私は個人的には誰もがファシリテーターだと言っている。誰もがファシリテーターのロールを内側に育てることができる。

「参加者ファシリテーション」という言葉があるのだが、その場の「オフィシャルファシリテーター」だけが場をホールドするのではなく、参加者ではあるけれど、その人がその場に関わることでみんなが一緒にプロセスを促進する。

オフィシャルファシリテーターだけに任せてしまうのではなく、ファシリテーターも1人で背負うのではなく、その場にいる人たちのそれぞれのユニークなギフトに助けてもらった方が、その関係性を通してプロセスを促進し場をホールドしていくことができる。

そしてそれぞれが自分のパワーをファシリテーターに預けてしまうのではなく、自分のパワーとつながれるのでみんなが元気になれる。

自分の中のファシリテーターの力を使って介入し、人と関わっていくことで自分のもっている影響力を実感していく。私たちが社会を作り、社会を変えていくことができるんだという可能性を思い出させてくれるのだ。

 

それぞれの体験

今回の懇親会での出来事はそういう豊かな瞬間を垣間見ることができた。その場にいた人にとって、特にマイノリティ当事者にとっては印象に残った出来事だったようだ。3人のうち、2人がその時の体験をその人のリアリティの体験として記録してくれているので紹介する。私とはまた異なる語りだからまた多様性がみえるので面白いはずだ。

■YさんのFacebookでの投稿(一部抜粋):
《ファシリテーターの恐れ》

「片耳が聞こえない」ことは、安全な居場所が、
限られてしまうこと。
会議や食事など、人と話すとき、
聞こえる側耳のほうに陣取らないと
会話が続かないこと。
聞こえるふりをして、曖昧な返事をしてやり過ごし
ちょっとずつ、嘘がウロコの様に空間に満ちていくこと。
“聴き取れなくて、モウシワケナイ。”
物心ついてからいつも
私は そんな緊張を抱えたまま暮らしていた。
「そんなの言ってくれたらいいのに」
きっとそう思うだろう。
自分だってそう思うんだから。
きっと社交的に見える私が、
たぶん普通より
障がいがある人にオープンな私が
ただ片耳が聞こえない障がいを
「言うのにとても勇気がいるんだよ」という感覚を持ってること。
「大丈夫だよ」といわれても
居心地がちっとも良くならないどころか
ますます肩身が狭くなることは
長年、自分だけの秘密だった。
片耳が聞こえない人は案外多いし、
障がいと認定される公的な仕組みもない。
補聴器をつけたり、聴き返したり、
ちょっと”がんばれば”
克服できる 軽い障がいだから
今までそれを 深い会話にした事は記憶にない。」

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■Mさんのブログの投稿(一部抜粋):
「片耳のファシリテーション:プロセスを促進すること

世界を変えるファシリテーション

 安全な場で誰かが声をあげ、聴かれてこなかった声が「ある」ことにされ「ここに声があるよ」とフレームしてもらえたことで、世界が変わった。「片耳が聞こえないことがどういうことか」を語ることを促し、「音楽が邪魔で聞こえない」という声に対して「お店の人に頼んできたら?」と促したこと。それが現実を変えるきっかけとなった。

 とても小さなことのようで、決して小さなことではないと思う。賑やかなお店でみんなと話をする、ただこれだけのことが私たち3人には難しい。マジョリティにとっての当たり前の中で、小さな不便や困難を繰り返し体験してきたことが、ちゃんと「ある」ことにされたのだ。そして、エンパワーされて状況を変えていく行動が促された。プロセスが促進されたのだ。

 プロセス指向ファシリテーション講座の後に経験したこの出来事で、その日学んだことを私たちは身をもって体感することができた。そして、この体感はこれから私たちがファシリテートするときのパワーとなっていくだろう。これこそ、世界を変えるファシリテーションではないだろうか。どんな小さな声にもスペースをつくり、含めていく。お互いから学び、世界への理解を広げ、パワーを分かち合う。こういうファシリテーションは、日常のいたるところで必要とされている。」

全文を読みたい方はこちら
↓↓↓
https://processwork-in-sapporo.mystrikingly.com/blog/8eed2e99425

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